第一回
第二回
第三回
第四回
第五回
第六回
第七回
第八回
第九回
第十回
第11回
第12回
第13回
第14回
第15回〜

第十二回 平成23年5月10日
〜大震災とテレビ、大震災と言葉〜
at.赤木「ヒロ」

今回は震災後初めての塾でした。全員ではありませんでしたが、「再会」を喜び合いました。

講義のテーマは「大震災とテレビ、大震災と言葉」でした。

大震災をメディアはどう伝えたか。情報、情報と言われた中で、被災者達は何から情報を得て、その情報は役立ったか。
野村総研の調査ではNHK,民放のテレビ、ついでインターネットのポータルサイト、それから新聞、インターネットによる自治体の情報となっており、テレビが断然優位な情報源でした。
そして、その情報によって信頼度が増したメディアはという問いにはNHK、インターネットのポータルサイトとなっており新聞はあまり評価されていませんでした。
実はこの調査は、首都圏の人を対象にした調査、しかも、ネットによる調査ということで、被災地は調査対象から外れています。

被災地での有力な情報源はラジオであった。唯一回線が確保されていたツイッターだった。

停電したところではテレビは映らない。送電インフラがやられてしまっているのでテレビは見られない。電話はダメ。地方のテレビ局も被災者。避難所にはテレビは無い。テレビによる情報は届かない。

テレビは誰に対しての放送だったのか。被災者へ向けての放送はあったのか。
そんなリテラシーに関わる問題提起がありました。

 

大震災から数日経ってテレビがはじめた被災地向けの放送が「テレビ伝言板」だった。「私はこの避難所にいます。だれそれさんを探しています」のような。
電話が回復しない中、有効な通信手段、ライフラインだった。そして紹介されたのが文芸春秋に載ったNHK仙台の津田アナウンサーの手記。自らも被災者。こころに迫るものがありました。

テレビが伝えた惨状や現状は全国民の心を動かし、支援物資が届き、ボランティアが集まった。テレビの力はあった。しかし、不確かな、興味本位のように見える報道は風評被害を招いた。そんな指摘も塾長からありました。


そして、大震災と言葉。「頑張ろう」「頑張って」という言葉の問題があらためて提起されました。言葉の力についてあらためて考えさせられました。

原発事故に身をさらしている塾生には、寺田寅彦の言葉が力をくれました。
「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎるのはやさしいが、正当に怖がることは難しい」。

正しく怖がること。今、我々に与えられている課題です。

 

(事務局記)