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第五回 平成22年8月17日
テーマ「言葉と時代、言葉の力」
at.赤木町「廣」

6回目の粒々塾、会員15名出席、欠席3名。
テーマは「言葉と時代、言葉の力」です。

今回は、塾長から出されていた宿題がありました。

「これまでに大切にしてきた言葉や力を貰った言葉」

その宿題をそれぞれが述べ、いろんな人がいろんな言葉を持っていて興味深々でした。“さすが粒々塾塾生”と。 塾生の「言葉」を受けて塾長から二つの言葉が紹介されました。

詩人ハイネの言葉。
「矢は弓弦から飛び去るやいなや、もはや、射手のものではない。」
矢を言葉に例えたもの。ひとたび言葉が発せられたらもうそれは自分だけのものではない。意味を持つ。だからみんなの前で言った言葉は大事にしようと。

島津藩中興の祖、島津忠良の言葉。
「いにしえの道を聞いても唱えても、我が行いにせずば甲斐なし。」
いろんな教えを学んでも聞いただけではダメ。実行に移さないと真の価値は生まれないということ。

そして島津忠良の「日新公いろは歌」から
「少なきを足れりとも知れ 満ちぬれば、月もほどなく十六夜の月。」
足るを知るということ。何をもって満足と言うべきか。
京都竜安寺の蹲いにある「吾、唯、足を知る」ということと「足らざるを知る」。礼記の一章「学びて後に足らざるを知る」という言葉。「足る」という言葉をめぐる二つの教え。学べば学ぶほど己の足り無さ、不十分さがわかってくる・・・。人生、一生「勉強」ですね。

スフィンクスの謎、トゥーランドットの謎。古人は言葉をどう生むか、謎の答えは言葉で示すもの。言葉をどう生み出すかに自分の生死がかかっていた。面白い話しでした。


自己も含めて「否定」するということが、次の覚醒につながる。時代を否定することによって変革、進歩がある。否定しながら普遍的な言葉を求めて行く。そんな流れの話で時間切れ。また次回となりました。

次回は9月7日(火)です。

(事務局記)